「ヨーガをするならベジタリアン」の理由

ヨーガをするならベジタリアンであること

それはアヒンサー(非暴力:自他に苦痛を与えない)や食べるものが心を作るという教えから、ヨーガの聖典やあらゆる聖者がベジタリアンを勧めています。その聖者の中でも、元お医者さんだった解脱した聖者のスワミ・シバナンダの言葉が分かりやすいので今回シェアします

Q:野菜や果物を収穫することは、ヒムサ(殺生)と見なされないのでしょうか。(野菜や果物の収穫も殺生か)

野菜や果物を刈り取ることは殺生とは見なされない。植物や樹木には、命はあっても真の意識はない。植物に生命が、動物に感覚器官が、人に精神性が、聖者には神聖な魂がある。

植物と樹木にはチャイタンヤ(神意識)は存在しない。そのため痛みは感じない。樹木は「痛いよ」と叫ばない。植物や樹木のマインド(心)は発達しておらず、初歩の段階である。感覚や意識はない。

野菜を切り取ることが殺生だとしたら、地球上の生命は維持されなくなる。そのような無用な議論に時間を使う哲学者はなまけ者だ。無視して良い。実用的な人間であれ。

Q:スワミジが肉食を禁ずる背景は何ですか。(肉食はなぜよくないのか)

医学的、心理学的、道徳的、精神的な理由から肉食は良くない。心は摂取する食物のエッセンスからできている。タマス(鈍性)な食物は心を鈍くする。肉食そのものがタマスであるゆえに、食べないこと。

動物が屠殺される時に、恐怖からその神経組織の収縮が起きる。あなたも恐怖を感じた時、胃が縮んで痛くなるのを感じた経験があろう。

神経収縮の後に、動物の肝臓にある毒性物質が分泌される。この毒性物質は筋肉や内臓に蓄積する特性があり、煮炊きする調理法でも除去も消去もできない物質である。よって、それらを食べる肉食は毒であり、長期的には大変危険である。

そもそも、あなたと動物とは両方とも魂が体の中に存在するという点では同格である。人は自分の肉体と魂を有し、その物質体を楽しく生きる権利を持つ。動物も全く同じである。同じ魂の源から来た動物を、たとえそれが家畜であっても、極小の昆虫であっても、それらを殺すという道徳的な権利は人間にはない。

宇宙にはただ一つの純粋意識のみが存在し、それが顕現したのがこの世の物質界全体である。命をもらった生物もあり、生命のないものもある。人間と、生きとし生けるものはすべて一つである。これを知れば、それでも他のものを傷つけられようか。

人は喜んで、自分の指を切り落として料理して食べるだろうか。このワンネス、あらゆるものが一つであることを悟るために、輪廻転生を繰り返す。これが世俗的な世界に幾度も生まれ変わる理由である。他を傷つけたり痛めつけたりすることをやめ、すべてを平等に愛し始めた時に、このワンネスの認識と体験はあなたのものになる。

動物も人も同じアートマンである。宇宙の魂、真我は動物の中にも個我として存在する。気をつけよう。肉食はしない、動物は殺さない、生きとし生けるものを全て愛する。

―スワミ・シバナンダ―

私達も殺意や敵意を持った人に追いかけられると逃げますよね。そんな思いしたくないはずです。

動物、魚、虫も同じように恐怖を感じ逃げるし、そんな思いしたくないでしょう。ある時にクラスの中で、同じ生命だから植物を食べているベジタリアンだって殺生している、同じ命だから動物を食べてもいいでしょうと言われたことがあるけれど

同じ命というのなら、人間を食べないのはなぜか?あなたの飼っているペットを食べないのはなぜか?ゴキブリを食べないのはなぜか?犬を食べないのはなぜか?平等には見ずに、差を見て選んでいることが分かります

差を見て選ぶのだったら、苦痛を与えないものを選ぶ。私達の身の回りには食べ物が溢れています。動物性のものを食べないことを選択することが出来る。野菜や果物は良いのかという理由は上のスワミジの言葉が的確です

ちょっとなら食べてもいいかとか、週に1回は食べないけどそれ以外は食べる、家では食べないけど付き合いの時は食べてもいいかとやっているうちは変わりません。そのマイルールって結局エゴそのもの。常に食べても良い理由を探して、自分が良ければ何かを傷つけても良いことを正当化しています

それは私自身の失敗を通じて学んだこと。もー本当に巧みに理由やチャンスを探していて、自分はそんなことはないと思っても、エゴは超巧妙だから気づかずに流されますし、統制されていない心は弱い

自分が良ければ(自分が関わる人が良ければ)、それ以外を傷つけても良いという考えや価値観を改める、欲望のために傷つけることを良しとする習慣や暴力性をなくし、思いやりや慈悲を培っていくことをヨーガの菜食で学びます

ずっと食べることが習慣になっていたから、止めることはし難い人もいるけど、完全に食べなくなったら体も心も楽だし、思いやりの心や慈愛が培われていきます

習慣は変えられます。先生が言っていたのが、ある国では虫は食べるけど、ある国では虫は食べない。何を食べるかは習慣に過ぎない。そして、習慣を変えていくには続ける忍耐や信念、外のことにぶれない集中力をつけていくのが大事で、それをハタヨーガで養っていくので、同時進行がやっぱりおすすめです

私の場合は、肉は早い段階で食べられなくなっていましたが、エゴゆえにゆっくりやめていったけれど、魚がなかなか時間かかりました

食べたいという気持ちや外食で出されてしまったり、選択肢がない時に選んでしまうか迷った時にどうしたかというと

聖者の言葉を思い出したり、身の回りで生き物を思いやるベジタリアンの仲間や先生がいて、勝手に私が思っているだけだが食べることで仲間や先生を裏切ることになる…と思ったり、そもそも自分が食物にされる立場だったら傷つけられるのは嫌だと思って、食べない選択をし続けたら自然とベジタリアンが習慣になりました

これまで、自分がサクッとベジに移行出来なかったらはっきり言いにくかったけど、ゆるくいいとこ取りして変えなかった自分の失敗を通じて、やっぱりベジになった方が心も体も快適に柔軟になるスピードが違うので、真剣にヨーガをするならベジタリアンになるべき。今後はきちんと言うようにしようと思いました

挑戦と欲に負けとしたらその失敗をきちんと反省して(責めるのとは違う)、また挑戦していきましょう。ホント、食事が変わると性格も穏やかに変わります