想像力を働かせる

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マイペースですが意識的に頻度を上げて、自主練習の参考動画を作っています。このホームページに掲載するにはYoutubeにアップして紐付けた方が楽なんだけど、なんとなくまだやりたいと思わないので、googleフォトで共有という形をとっています

最初はコロナの自粛の影響で生徒さんが自主練習するのに、参考になればと思って始めました(めっちゃ遅いけど…)コロナの前からですが、クラスから帰って自分でやろうと思うと何をやればいいのか分からないとか、やり方を忘れて自己流になってしまったなどの声がありましたので。

でも、それだけでなく私自身が元々が人と関わるのがあまり好きじゃないし、ゆえに人前で何かをするというのが苦手で、クラスをするとかブログを書くとか今はなんともないけど、最初はめっちゃ緊張して違和感だらけで勇気がいりました

まだインスタグラムもちょっと緊張があります。緊張というのは、自分の考えを表現することが苦手とか、自分の行動を堂々とアピール出来ないみたいな。昔の精神的な習慣(心の癖)みたいなものがまだ続いていて、周りにどう思われるかを気にしたり、まだ自分に自信がないのでしょうね

まぁ、そういうキャラクターなんだな、そういうエゴ、そういう心を持っているのねと観ながらも、それも妨げだから改善していこうと、動画を作るのもやってみようと思いました

ちなみに、そんなに人と関わるのが苦手ならなんでこの仕事しているのかと思われるかもですが、私はお金は頂くけれど仕事はやりがいというのか興味をもって追求するという意味の楽しさがないと辛くなってくる人間で、それがヨーガだし、戒律を守って出来る仕事そのものだし、ヨーガで人生がガラッと変わったこの感動をシェアしたいと純粋に思っているからです

動画を作っていてひしひし感じるのが、YouTuber(とか、撮影関係のお仕事をしている人)ってすごいわと思ったこと。構図とか画質とか編集とかいろんなことにこだわっているんだなーと、やってみて気づきました。短い動画でもこだわる人は結構手間かかっているはず(資金もそうだろうけど)

それがお金のためなのか、奉仕としてなのか、承認欲求や名誉欲のためなのか、撮影して編集してネットにあげるというクリエイティブ自体を楽しんでいるとか、目的は人それぞれですが、観てもらうことを意識して想像して作っているってことは共通していると思う。創造力もそうだけど想像力を上手く使える人達なんだろうなー

今日も動画を撮りましたが、「もし自分が観るんだったら…」「もしヨーガが初めての人だったら…」「もし少し慣れてきた人が取り組むとしたら…」「腰が弱い人も安心して取り組むにはどう流れをくんだらいいかなー」「続けやすい長さとは?」など、内容や角度や時間をすごく考えました

せっかく時間かけたのに、見直してだめだ!と取り直したこと多数…

クラスの時もそうしているけど、動画とクラスとではまた違うアプローチなんですよね。考えてこれかよ!というクウォリティーかもしれないけど(笑)想像力をフル活用していくこの過程を楽しみたいです

でも、そこに評価や反応とか何か見返りや期待をもたせちゃうと、「これだけ時間をかけたのに、大変だったのに、せっかくやったのに○○だ」というエゴが出て、感情が良からぬ方向に波立ち、動機が不純になったり、純粋に楽しめなくなる気がするから注意しています

日常でもそうです

「相手がもしこうだったら…」と想像して行動出来るのって地球上では人間だけ。人間の高度な脳の機能は他の生き物を助けるために与えられている

日々の中で、もしも自分だったらこんなことされたら嫌。言い方とか接し方とか手助けの方法なり、相手がこういう人だからこうしてあげたらいいかしらとか(もちろん人間だけとか自分の関わりがある人だけでなく、自然や虫や動物に対しても)

ネガティブではなく(←大事。よく観ていかないとそっち方向に使っていたり、利己的になっていく)良い方向に活用したいものです。生活のヨーガです

「いつでも」内観する

これも暴力