起こる事に信頼を置く

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夫が数日前、通勤中に肺気胸になり救急搬送されそのまま入院しました。肺に穴が開き漏れた空気が心臓を圧迫しショックを起こす危険もあるそうで、本人いわく超苦しくて死ぬかと思ったらしい

知らせがあった時は突然で驚いたものの、本人を思うと苦しくて辛い思いをしたのが可哀想だけど、本人から連絡があったし処置してもらったし、「この程度で済んで良かったな」と素直に思い意外と動揺しなかった

ただ、私達は自分なり家族なり、その日家を出たら普通にまた帰宅出来ると思っているけど、それは当たり前ではないと常々心に留めておくと「今」が色濃くなって大事にする

ヨーガでは今を生きることの重要性を教えられるのが、こういう時によく分かる

肺気胸になりやすい体質の人は、飛行機に乗ると気圧の影響で発症することはよくあるそうで、その日はたまたま仕事で飛行機に乗る予定だったので、どっちみち発症する運命だった模様

でも、飛行機に乗って肺気胸になったらそちらの方が、本人も私達家族も肉体的、精神的、時間的、経済的に大変なことになっていたし、もし休日で車を運転している途中だったらそれはそれで怖いし、タイミング良く電車を使っている時に起こったことや

彼はここ2〜3年、仕事を本気で辞めたいのに思うところがありずっと我慢して続けていて、それに対して私は辞めてもいい、転職したらいい、命を削って仕事のために働かなくてもいいと言っていたけれど(でも、今思えば押しが弱かった)

ここに来て、体を休めて辞めるかどうか考えるために起きたのではなく「もう辞めなさい」ということなんだと思って、生きた形で強制的に足止めをしてくれたことも、神の恩寵だと思っています

実は一昨年も、別の疾患で入院して手術をし、それも仕事を辞めるべきだというチャンスだったのに見送ったという経緯があるので、神の恩寵と思うのもマインドの満足なんだけど、今後二人でどう生きていくかとか、夫婦の在り方とかそういうのを本気で考える時期なんだと思います

私自身も危機感というか、彼にこれまで辛い思いをさせていたのを知っていながら、私のずるさもあって強制的に止めなかったことを後悔し反省し、もう今しかないのだと

この程度で済んで良かったし、あなたが苦しんでまで仕事をしても私は幸せではない、最短でいつ辞められるのか?お金がなくてもなんとなかなるとハッキリ言えて良かった

もし、私がヨーガをしていなかったら、単に体の安定が損なわれ入院したことに慌てて、再発がいつ来るか分からない恐怖、仕事を続けること=幸せ(金銭=豊かさ)という選択肢を信じていただろうから、今後の生活がどうなるのか?などなど、すべてが不安でしかなかったと思う

妄想が始まって、物語が始まりマインドの悪循環に陥って不安というフィルターでしか物事を見れなかった

しかし、起こることは起こるし、それは自分の持つ心にとっては今は良くないことに見えても、大きな流れの中では必ず良くなるために起きている。人の力を超えた緻密で完璧なその働き(神の意志)に信頼が置けるかどうかが、身軽に何が起きても心から安心し、自分だけでなく周りを大事に出来る豊かな生き方が出来るかどうかの分かれ道で

本気でそう思えていると希望しかないから、内からいろいろ湧いてきても大きく崩れないし、私、ヨーガをやっていて本当に良かったと思いました