分かち合う豊かさ

写真はムンバイのインド門(奥の建造物)にいた犬

インドでは様々な動物が自由にうろうろしています。犬、猫、牛、猿、ブタ、馬、鳥…などなど。飼われている場合もあるけど、外で見るのはだいたい野良

野良で生きるのは大変だろうけど、自由でのびのびしている姿は観ているこちらも安心します

日本は様々な分野で技術が発達しているかもしれないけど、ペット後進国だし、野良の動物が街中に出没すると騒動になったり、人間の都合で殺処分するとか…違和感しかない

こちらが距離感をわきまえたり警戒して暴力的な態度を取らなければ、動物も警戒しません

非暴力に徹した者のそばでは、すべての敵対が止む

ーヨーガスートラよりー

その人のカルマ(因果応報)もあるかもしれないけど、自分の中に暴力性や否定性がなくなるほど、争いや暴力的なことが起こらないし巻き込まれなくなってきます(経験済み)。恐れを持ってそれを見れば恐れそのものに見えて、そういうことが起こる

でも、本題はそれを書こうと思ったわけではなく

今回の旅の途中では、バスでの移動が長く途中のトイレ休憩や食事でドライブインに寄ることが多かったのですが

そこで他のツアー参加者の方が、野良犬達にお菓子をあげていることがありました。インドでは犬はあまり良い扱いをされないそうです。(ある神様とは一緒にいるのに…)

野良犬は痩せていることが結構多く、その時の犬達も久々に食事にありつけたのか喜んでいたのですが、一匹の犬がお菓子を独り占めして他の犬達に食べさせなかった。近づこうものなら威嚇して、自分だけ食べている…

仮に餓死するほど空腹だっとして、生きるにはそうせざる終えないのかもしれないけど、自分だったらどうなのだろう

躊躇なく周りを押しのけてまで助かろうとするのだろうか?極限状態でも周りと分け合う良心を持っていたい

私は生まれ変わりはあると信じているので(実際にあるかもしれないし、ないかもしれないし。そこまでこだわっていないけど)、このワンちゃんは次回はどんな生に生まれるのだろうか

前の生でも我先に!私のものという独占欲が強かったのかな…なんて考えてしまった(気質、傾向は前世から引き継がれるものだと言われているけど、努力によって変えることは出来ます)

まぁ、本当のところは分からないし、あまり輪廻とか前世とか来世に固執するつもりはなくて、いずれにせよ知らぬ間に、そういう切羽詰まった状況でなくても些細なことでもやっているかもしれないし気をつけよう、分かち合うことを忘れないよう、豊かな心を持つ努力をし続けたいと思った

我先に満たされれば良いという小さい心を持って生きることは、その場はしのげるかもしれないがやはり窮屈で苦しい。私はあなた、あなたは私、境界線がない広い心の方が楽

そのワンちゃんにも神が宿っていて、私にもそういうずるい側面があるのだと神が見せてくれたのかも。そんな風に起こることに意味をつけているのも心なのだけれど、その心で心を良くしていきたい

今思えばその時に、ただぼーっと見ていないで、食べられなかった他の犬達に買ってあげれば良かった

(でも、その後、食べられなかった犬達のためにまたお菓子を買ってあげたみたい。良かったーーw)