自分に正直になる

ヨーガの教え(行動規範)に『正直(誠実:サティヤ)』というものがある。それは、周りのものだけでなく自分自身も対象として、想いも言葉も動作も誠実であること

明らかな悪意のある嘘はつかないのはもちろんのこと、相手を気遣っての嘘やお世辞も言わない、その場のノリや空気に合わせて思ってないこと・出来ないことは言わない。例えば「今日は○○に行こう」と思ったら、雨が降ろうが槍が降ろうが絶対にそこに行く。「あれをする」と決めたらする。他人だけではなく自分との約束も破らない

それが誠実であること

しかし、相手への気遣いや空気を読んでお世辞や方便を言うことが、相手との円滑な関係を築いたり、場を乱さず事を進めることが出来るのだと幼い頃から自然に当たり前になっている

それは、周りの大人を見ながらそれが刷り込まれてきたり、そう教育されたり。社会人になると余計にそれが必要とされる。それをすること自体が善だと思い込んでいる

また、自分の頭の中を観てみると思考や感情はずーっと同じ状態ではなく、例えば「あれをしない」「これを続けていこう」と決めても、惰性や好き嫌いに流され、「まぁ、いいか」と守り通すこともできず(自分だけのことや、些細なことほど見逃しやすい)平気で自分との約束を破り、毎度毎度、心の弱さを痛感するし

自分にも他者にも正直であることを貫くのは、これで一生かかって終わっちゃうのではないかというくらい困難である

しかし、ここ数カ月間はヨーガの勉強会に参加していて、「正直」が困難になってしまう理由や、「正直」を遂行することは実はどんな状況であっても、自分の足で立ち強く生きることが出来るようになる、愛のある教えなのだと知った

他者に対して誠実にあることは意識しやすいが、自分自身に対しての振る舞いは曖昧になりやすい

勉強会を通じて「こう思っちゃいけない」「こう感じてはいけない」と、自分の気持ちを抑えることも自分に対する嘘になると知った。例えば、「嫌いになってはいけない」「断ってはいけない」「怒ってはいけない」「批判してはいけない」「こう考えてはいけない」と抑えることである

そのように、自分に嘘をつくのは、エゴは自分自身が一番大事で大好きだから。傷つきたくない、苦しみたくない、楽をしたい、損をしたくない、受け入れられたい。だから、嫌われたくないし自分をよく見せたいと、装ってしまう。一見、何かの行動が相手への気遣いのように見えて、実は嫌われるのが怖くて自分に嘘をついていることもよくあるそうです

私自身を観ていてよくある。言いたことがあっても、相手にどう思われるか気になって言わなかったり、誘いを断れなかったり、誰かと食事に行って肉や魚を勧められると断れずに食べている時期もあった。すべて実は保身だった

嫌だなー、イラッとするなーと思考や感情が起きると、「相手も悪気があったわけではないし…」「普段から良くしてくれているし、この間の恩があるし…」「こんな気持ちを抱いたら良くない」「私にも悪いところもあるし…」「不都合なことから学ぶのだ」などなど、無理強いのポジティブ思考でどうにか収めようとしていた

特にヨーガを始めてから、ヨーガを続けているのだからネガティブな思考や感情は持ってはいけないとか、ヨーガをしているのに…という、変な価値観がいつの間にか染み付き、それに縛られ、そう思ったり感じてしまっていたが

それは自分に対する嘘であり暴力である。周りに良い印象を与えてよい関係を築けるけど、確かに、それをすると矛盾を感じたり、すり減る感じがしたり、後悔したり、どこか苦しい。そうどこかでは実感しているのに、巧妙に嘘をついてそれを正当化していることにも気づかないのがエゴの怖さ!

ネガティブなことを思ったり、感情が湧くこと自体は抑えない。浮かんできたものは否定もせず、浸るわけでもなく、それが起こることをただ受け入れ、ただ気づき、ただ感じる。判別、連想、妄想をしてその思考を広げたり、感情を強めることはしないというプラクティスを日々しています

しかし、思考や感情に正直になるからといって、相手の評判を落とすようなことを言ったり書いたり、殴りたいからと殴ったり、批判や意地悪したりなど、自他を傷つけない(非暴力に反する)。そうしたくなったら、そうしたがっていることをただ感じる

大事なのは、心を純化させることも同時進行で、そういうプラクティスをしていきましょうということ!

惰性や好き嫌いに流され、ヤマニヤマやダルマを放棄していいということでもない。良いことも悪いことも思ったことはいつか何かの形で返ってくること(カルマ)から逃げていいわけでもない

実際に、湧いてくるままじっと観ることは、苦しくて(考えてどうにか収めようとしたくなるし、肉体的にも胸や胃が締め付けられるように苦しい時がある)、考えたがったり行動と紐付けてしまったり挫折する時もあるけど

観ることを続けると、「あ、自分は○○にこだわっているんだな」とエゴに気づいたり、「この感情を自体持ち続けるのは疲れるな」と、本気で思って手放しやすくなったり、少しずつ出来るようになってきます

そうしたネガティブな思いや感情は苦しいものだが、じっと観ていくうちにそうしたがる傾向が弱まり、癖がなくなっていくそうです

先生のお話を聞いたり姿を見ていると、ヨーガ(ハタヨーガ、瞑想、祈り、自己観察、行動規範を守る)を実践していくうちに、心が純化し、慈愛が育ち、それら自体が自然と湧かなくなることが分かります。実際に実践している人の目を見たり言葉を聞くと自分のハートに突き刺さり、熱意や勇気になります

それを知ってからは、日々の中で、見直せる行動ってたくさんある。ヨーガを長年続けていてもありますし、乗り越えて小さくなったと思ったエゴも、実はよく見ると根深くある…。でも、先生や仲間がいるから頑張れています

相手を傷つけないように自分の気持ちに正直に行動し、そうすることで嫌われても(神は受け入れてくれているしと思っている)、エゴを弱めて行くほうが絶対に生きやすいということを信じて、今日もヨーガを使いながら生きる!