適切に話す

先日、楽しい体験だったがたくさん話すことはこんなにもエネルギーを消耗するのか…と翌日の疲れを通じて気がついたことがあった

でも、その時に話しながらも「これって別に話す必要なかったかも」と気づいている自分と、話す前に「これは言うべきではない」と気づいている自分と、話したがる自分に気づくようになっただけでも、以前よりも進歩したかも…

ヨーガの妨げになる障害の一つ『プラジャルパ』

『饒舌であること、おしゃべり』

話すという行為自体が外に意識が向くため、内的な気づきを妨げる。おしゃべりで消費するエネルギーを内に向けるべきであるという教えがある

心は動きたがるのが本性

誰かとのおしゃべりで、○○したい(見たい、聴きたい、嗅ぎたい、味わいたい、触れたい、知りたい、手に入れたいなど)という欲望が生まれ、自分の内面以外のことに注意が引きつけられたり

「あの件のこと」について話せば過去の印象・体験に囚われたり、私の考え・気持ち・価値観という「私(エゴ)」の傾向を強めていくし、誰かからの話を聞いて、少なからず何かしらの影響も受ける

このように心が波立つと、自分を静かに観ることが出来ない。人生で大事なことは自分自身を知ることだけれど、それが後回しになってしまう

けれど、世俗にいるのに人付き合いをするなということではなくて、誰と会うか?話すにしてもどんなことが心を波立たせるのか?必要なのか?害がないのか?口数、内容、目的や意図を観ていくのが日々のヨーガの実践

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